ユーザ企業内製は幸福をもたらすか?

デブサミ20091日目のセッション、「使う」と「作る」がつながるシステム開発を聴講してきた。「使う」側のユーザ企業と「作る」側のSIer間のギャップをテーマとしたパネルディスカッションだ。モデレータは平鍋氏、パネラーはSaaS代表の倉貫氏(id:kuranuki)、ユーザ企業代表の千貫氏、SIer代表の橘氏という面々。


システムは使われて初めて価値となるもの。現在のSIは、作る人と使う人が仕様書で分断されていることが多くないでしょうか?これは、SIというビジネス構造の問題かもしれませんし、ソフトウェア開発方法の問題かもしれません。米国では、ユーザ企業が内部にシステム開発部隊を持ち、ユーザ部門とシステム部門が密なコミュニケーションを取るスタイルが多いようです。一方、単純なシステム開発はどんどんオフショアされる傾向にあります。本セッションでは、SIというシステム開発のやり方を、使う側と作る側から見直してみたいと思います。もしかしたら、新しいビジネスの構造が見えてくるかもしれません。


「使う」側のユーザ企業と「作る」側のSIer間には、倉貫氏がかつて「ディフェンシブな開発」で指摘したような問題点が横たわっている。この問題点を解決するためにはどうするかという議論で、「使う」側がシステムを「作る」というユーザ企業による内製が、ひとつの解決案として提示された。SIerへの不信とユーザ企業の内製への期待は、少なからず聞かれることであるが、それは可能なのか?何をもたらすのか考えてみたい。

なぜユーザ企業は内製をしないのか?

ユーザ企業による内製が十分に合理的であるならば、既に内製が当たり前でSIerなんぞ絶滅していてもよさそうなものである。しかし実際はそうはなっていない。なぜだろうか?セッションで橘氏が、SIerの役割のひとつとしてリスク回避を挙げていた。つまり、SIerはユーザ企業に成り代わって様々な負担しているということである。


常に技術者を抱えるだけの人件費をユーザ企業は負担できない。ユーザ企業システム部は保守でそんなに人がいなくてよい時もあれば、システム更改時のように大量の技術者が必要な時もある。繁忙期に合わせて雇用したら、通常の場合にひまで仕事がない人達に給料を払い続けなければならない。現状、日本で社員を解雇するのはたいへん難しいので、少ない社員で仕事をして、足りない分は外部から調達するしかない。社員の残業と多重請負構造が雇用流動性の低さをカバーしているのが現状である。


仮に内製は無理だとしても、大手SIerや中間の会社を抜きにして、担当者が所属する会社と直接契約を結ぶという手もあるだろう。もしこれが実現されれば、少なくともSI業界における多重請負構造は解消されそうなものである。しかし、そうした場合、それまでSIerが負っていたリスクやコストは自分たちで負わなければならない。契約の手間は増えるし、多数の会社を束ねなければならない。火が噴いたら自分で鎮火するしかないし、どっかの会社が逃げ出したら代わりを見つけなければならない。SIerを呼びつけて怒鳴り散らしさえすれば、物事が解決することはもはやないのである。


IBMに発注してクビになった奴はいない、と言われることがある。IBMならなんとかしてくれるだろうし、IBMで駄目なら他でも駄目だろう、だから発注したやつは悪くない、ということである。というわけで現実には、NTTデータは増収増益を続けている。

ユーザ企業内製の世界

上記のように、SIerが存在するにもそれなりの理由、合理性があると考えているが、仮にユーザ内製が実現されたらどんなかんじになるのか考えてみたい。


ユーザ企業が技術者を抱えて内製を行うには、まずは雇用流動性を大幅に高める必要がある。そのためには、社会全体の仕組みを変えなければならない。具体的には労働法の改正、企業の新卒偏重廃止と中途採用の大幅増加などが必要だ。(もうこうなると、SI業界を変えるにはまず政治家にならなければならないのでは、とすら感じてしまうがそれはここでは措いておく)

アメリカの場合

32歳までに平均8回転職するというアメリカ人。実際に統計を見ると驚くほど転職している。アメリカ労働統計局のデータを見てみる。

16歳以上の男女で勤続年数が5年以上の人はなんと半分以下だ。

occupational mobility rates for January 2004

年齢 男女 男性 女性
16歳〜19歳 27.1% 26.2% 28.0%
20歳〜24歳 19.9% 19.7% 20.0%
25歳〜34歳 9.1% 9.1% 9.0%
35歳〜44歳 5.9% 5.1% 6.8%
45歳〜54歳 3.7% 3.1% 4.4%
55歳〜64歳 2.7% 2.8% 2.7%
65歳〜 1.6% 1.1% 2.3%

傾向としては、若いうちはバンバン転職しているかんじである。SEがプロジェクトを移るのと同じくらいの感覚なのかもしれない。

雇用流動性が高いのは良い事ずくめなのか?

雇用流動性が高いということは、同じ会社に長期間いないということだ。もしそうなったとき、私たちは新人の教育をしたり、会社を良くしたりしようとするだろうか。恐らく答えはNoだろう。なぜなら会社を良くするより良い会社に行く方が簡単だからだ。数年でいなくなる会社を良くしようとするインセンティブはほとんどないのではないか。会社を良くしたりプロジェクトを成功させたりというよりも、どうやれば自分の経歴が良くなるかが重視されるようになるだろう。おそらく日本でも皆、アメリカ人のように"It's not my business."と言うようになるだろう。


逆に会社側からすれば、社員を育成する動機も薄れるだろう。中途で既に能力を備えた人材を採用すればよいからだ。
高いコストをかけて研修を実施しても、すぐに辞められては全くペイしない。


あるプロジェクトに着任したが不適であると判断されて数ヶ月で離任、ということはよくあることかもしれない。この場合でも、今のSI業界なら、自社に戻って他のプロジェクトに廻してもらえる。上司や同僚からも「不運だったな。お前みたいな有能な奴を切るなんてアイツらは見る目がないな」などと励ましてもらえるかもしれない。同じ会社に勤めているから自分の事を知ってもらえているからだ。


しかし、アメリカのようになれば、クビになってそれで終了だ。転職活動中は「前職を辞めた理由はなんですか?」と聞かれるだろう。うまく転職できたとしても、自分の能力を認めさせるのに1からやり直しだ。転職したことがある人にはよくわかると思うが、転職先では自分は知られていないので実力を発揮して認めてもらう必要がある。人によって違うと思うが、ある種の人にとってこれは結構なプレッシャーだ。

SIerに未来があるとするなら

セッションではSIer代表の橘氏がやや生彩を欠いていたように思われた。聴衆のなかにも、ああやっぱSIerってダメだような〜という感想を持った方もいるのではないかと思う。しかし、私の印象では、橘氏の発言は示唆に富んだものだったとおもう。特にSIerの意義として、前述のようなリスク負担の他にも、社員の育成の観点を挙げていたのが興味深い。


同じメンバーで長く仕事をやって、皆で業務を改善し、チームワークを養い、計画的に教育を行う。そうやって鍛え上げたチームでシステムを高い付加価値でもって開発する。もしSIerに未来があるとするならば、私が思い描く理想はそのようなものだ。